伊藤忠記念財団の設立は1974年の9月とのことですが、わたくしども東京子ども図書館が法人設立の許可を得たのが同じ年の1月ですので、わたしたちのほうが少しお姉さんということになります。設立前のことだったかと思いますが、財団の関係者の方が、石井桃子さんのところに、財団の活動内容についてご相談にいらっしゃったことを憶えています。なぜかわたしもその場に同席しておりました。
財団は「青少年の健全育成」を目的に掲げておられたので、助成も、当初はスポーツ関係、野外活動、芸術活動など、年度ごとに異なる多方面の団体に贈ることを考えておられたようでした。石井先生は、それでは結果が見えない、一つの分野に絞って、せめて一定期間同じ活動に集中的に助成なさるほうがよいのでは、とご提案なさっておられました。
それを考慮してくださったのかどうか、ご存じのように、この四十年余り、財団はもっぱら子ども文庫活動に助成をつづけてくださいました。それが、どれだけ日本の子ども文庫活動を底支えしてくださったか計り知れません。
わたくしども東京子ども図書館も、ほんとうによく助けていただきました。とくに設立後間もない1976年に、イギリスからアイリーン・コルウェルさんをお招きして講演会と児童図書館員のためのセミナーを開くことができたのも財団の助成があってのこと、この事業がのちのちまでどれほど多くの図書館員や文庫関係者のインスピレーションと力のもとになったかを考えると、改めて感謝の念を深くしないではいられません。
そして、2001年から実質4年かけて行われた財団とわたくしども共同のBUNKOプロジェクト。だれもが必要を感じながらも手を付けられないでいた、全国の子ども文庫の調査研究という野心的な試みは、ずいぶん時間がかかりましたが、2018年に、BUNKOプロジェクトの専任職員だった髙橋樹一郎さんの手によって『子ども文庫の100年――子どもと本をつなぐ人びと』(みすず書房)となって実りました。この成果は、おそらくこれから五十年、百年先に、大いにその重みを増すと思われます。
この共同プロジェクトの発案者故社浦廸夫元財団常務理事事務局長は、着任当初、大きな驚きと戸惑いを感じたともらしておられました。商社マンとしてそれまで扱ってきた金額とあまりにも桁数の違う年間数万円の予算規模で文庫が運営されていることに、また、その活動に私心一切なしに献身している多くの女性が存在することに。その事実に深く心を動かされた氏は、その後、熱心に、強力に事業をすすめられました。
読書は、ことばの力、考える力を養う点で、スポーツ、芸術を含めた、他のあらゆる活動の基本です。子ども文庫への助成は、賢明な決断であったことを疑いません。子どもの読書を推進する民間活動の最たるものである子ども文庫に、財団が今後も変わらぬご支援をくださるように、同じ年に生まれ、同じ志をもつ「文庫生まれの法人」として心から願っています。
松岡享子 プロフィール
公益財団法人東京子ども図書館名誉理事長。翻訳家、児童文学作家。
著書に『子どもと本』『えほんのせかい こどものせかい』
翻訳に「うさこちゃん」・「パディントン」シリーズなど多数。